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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1488号 判決 1973年10月24日

原告 奥村末雄

<ほか三名>

右原告ら四名訴訟代理人弁護士 下光軍二

同 上田幸夫

同 上山裕明

同 石川恵美子

右訴訟復代理人弁護士 安彦和子

被告 寺地ミヨ

<ほか三名>

右被告ら四名訴訟代理人弁護士 上条貞夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  本件差戻し前の各審級および差戻し後の当審における訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自金一〇〇万円およびこれに対する昭和三九年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を、立川市錦町一丁目一七番五号三多摩法律事務所弁護士渋田幹雄または原告ら訴訟代理人弁護士下光軍二に対して支払え。

2  本件差戻し前の各審級および差戻し後の当審における訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原被告らと社会福祉法人日の基社会事業団(以下単に「日の基」という。)との間の、東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第六一八八号建物明渡請求事件につき、昭和三七年一月一二日、大要左のとおりの調停が成立した(以下「本件調停」という。)。

(一) 日の基は原被告らに対し、その所有する新宿区戸山町四三番地宅地三六〇坪のうち北端空地上に、延坪四〇坪の社会福祉事業法に基く宿泊施設の建物を建築し同人等を入居させる。

(二) 右の建築の設計および施行は、原被告らに一任する。

(三) その工事代金は金二〇〇万円を限度とし、日の基はこれを原被告らの訴訟代人であった、請求の趣旨記載の渋田幹雄弁護士に預ける。右弁護士は工事の進捗の状況に従って請負人に支払い、残金があるときは、日の基に返還する。

(四) 右建築について、東京都知事の許可を得ることができないなどの理由により建築できなかったときは、右預り金の金二〇〇万円は違約金として、原被告らが受領する。但し、その支障が不可抗力によるものであるとき又は原被告らの妨害によるときは、この限りではない。

2  ところが、日の基は、原被告らに一任した筈の宿泊施設建築の構造等に異論を唱え、建築の妨害をし、さらに右調停に建築の期限をつけていないことから右建物建築を遷延したので、原告らは、昭和三九年四月二三日、本件調停調書につき執行文の附与を受けて代執行の申立をし、授権決定発令前である昭和四〇年一月工事に着工したが、日の基は工事中止の仮処分を申請して右工事を妨害した。そうする間に昭和四六年一二月頃、右建築予定地には、高層都営住宅が建築されるに至ったのである。右の事情によれば、日の基は、当初から原被告らの本件宿泊施設を建築する意思がなかったことが推断されるのであり、昭和三九年四月三日当時において、渋田幹雄弁護士に日の基が預託していた金二〇〇万円はすでに違約金となっていたというべきである。

3  前記調停条項の趣旨により、右金二〇〇万円が違約金に変じるとともに、渋田幹雄弁護士は右金二〇〇万円の違約金の保管義務を負い、原被告らは、同弁護士の右保管義務に対応する請求権を取得した。

4(一)  被告らは、昭和三九年四月三日、渋田幹雄弁護士から合計金一〇〇万円の交付を受け、被告ら各人につき金二五万円あて受領した。

(二)  しかしながら、次のとおりの理由で、被告らの右合計金一〇〇万円の利得は法律上の原因がないものであり、昭和三九年四月三日当時、被告らはそのことを知った。

(1) 本件違約金は、元来原被告らが日の基から宿泊施設の建設資金として獲得したものであり、性質上原被告らの総有に属するものである。その分割に関しては、八名全員の協議によって決すべきところ、未だ右協議は成立していないから、被告らの個別的具体的な違約金交付請求権は発生していない。

(2) 仮に総有でないとしても、原被告らの共有に属しこれを分割するためには民法二五二条の準用によって過半数をもって決することが必要である。

ところが、原被告らは本件違約金の分割につき、協議決定したことはない。被告らは、勝手に違約金を平等分割するものとし、渋田幹雄弁護士から金一〇〇万円を受領したが、右は原被告らの過半数の協議決定ということはできない。従って、被告らの個別的具体的な違約金交付請求権は発生していない。

(3) 本件違約金の分割について原告ら全員の協議もしくは過半数の決定を必要とすることは、本件違約金をめぐる左記の諸事情を勘案すれば首肯しうるところである。

(イ) 被告藤林と同君塚は、他の六名と異り、本件調停までこぎつけた運動体である「日の基明るい暮しの会」の会員ではなく、弁護士費用その他の費用も負担せず、他の六名の共同闘争に何ら寄与貢献するところがなかった。単に他の六名の同情により仲間として調停に参加したにすぎない。右の状況のもとで、原被告らの間において、被告藤林と同君塚には本件違約金の取分はない旨の諒解が存したものである。

(ロ) 又、他の六名の本件違約金配分率は、本件調停の成立により明渡すことにした従前の宿泊施設(日の基牛込寮)の占用部分の広狭による旨の合意があったから、これに基き具体的な配分金額を決める協議もしくは決定を必要とすべきものである。因みに各人の占用した部屋の広さは、原告青野および同奥山は各六畳一室、原告小木曽、同森下、被告寺地は各四畳半一室、被告北島は三畳(六畳の半分)であった。

(ハ) 本件調停の成立により明渡すこととした従前の宿泊施設(日の基牛込寮)は、東京都民生局からの福祉施設として利用していたものであるところ、占用していた部屋も広狭の差があり、家族構成その他の事情により都から受けていた援助額にも差異があるものであったから、各人の取得すべき違約金の額もこれらの事情を反映させて協議もしくは決定するのが当然であり、単純に違約金を平等分割するごときは不合理かつ不可能である。

5  渋田幹雄弁護士は、今日まで被告らに対して、以上の不当利得返還請求権を行使しない。

6  よって、原告らは、原告らの渋田幹雄弁護士に対する本件違約金保管請求権を保全するため、同人の被告らに対する金一〇〇万円の不当利得返還請求権を代位行使し、被告らに対し各自金一〇〇万円とこれに対する被告らが悪意となった日の翌日である昭和三九年四月四日から支払ずみまで年五分の割合による法定利息を、渋田幹雄弁護士または原告ら訴訟代理人弁護士下光軍二に対して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、日の基が宿泊施設建築の構造等に異論を唱えたこと、その建築を遷延したこと、昭和三九年四月三日当時において、渋田幹雄弁護士に日の基が預託していた金二〇〇万円がすでに違約金となっていたことは認めるが、その余は争う。

3  請求原因3の事実は争う。

4(一)  同4の(一)の事実は認める。

(二)  同4の(二)の事実のうち、被告藤林と同君塚が「日の基明るい暮しの会」の会員ではなかったこと、他の六名の占用した従前の宿泊施設(日の基牛込寮)内の各部屋は、原告ら主張のとおりの広狭の差があったこと、家族構成その他の事情により都から受けていた援助額にも差異があることは認めるが、その余は争う。

5  同5の事実は認める。

6  (被告らの主張)

(一) 被告らが渋田幹雄弁護士から交付を受けた金一〇〇万円については、法律上の原因が存するものである。すなわち、原被告らの渋田幹雄弁護士に対する本件違約金交付請求権はいうまでもなく金銭債権であり、かつ当然に可分債権であるから、民法第四二七条により、別段の意思表示がない以上、原被告らは各自金二五万円の分割された個別的具体的な違約金交付請求権を取得したものである。又、以下のとおり別段の意思表示が存した事実はない。

(二) 原被告らの全員または一部の間に労働組合のような共同目的のために拘束された結合的存在が存したことはない。まして、建築費用であった金二〇〇万円が違約金に変じてからは、もはや共同目的のために金二〇〇万円を使用することはありえなくなった。従って、原被告らの間に、本件違約金交付請求権の共有的帰属を認める余地はないものである。

(三) 本件調停調書により明らかなとおり、違約金分割については何らの留保もないのみならず、調停外でも各自の請求権を凍結するようないかなる特約も存しない。

又、本件調停には、原被告らが何ら差別なく平等な立場で参加していたのであり、被告君塚と同藤林両名は健康上の理由その他年齢・境遇などの事情から日の基との交渉など直接の行動には加わらなかったけれどももともと、昭和三六年春に日の基から退去通告を受けて以来、日の基牛込寮の居住者の多くは一年ほどの間に日の基の圧力に抗しがたく立ち退いたのにもかかわらず、最後まで残ったのが原被告ら八名と小泉武男、水沢文孝の十世帯だけだったのであり、右両被告が、居残っていたという事だけでも十分貢献しているのである。

従って、平等分割を排除する合意はないのであるから、民法第四二七条により、本件違約金交付請求権は、原被告らに平等に分割されて、個別的具体的請求権として帰属していたものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1の事実(本件調停の成立)は当事者間に争いがない。

二  (日の基の宿泊施設建築義務の不能)

≪証拠省略≫によれば、本件調停成立後、原被告らは日の基に建築してもらう宿泊施設(以下「本件宿泊施設」という。)の構造等について協議する一方、建築業者に見積をさせ金二〇〇万円で建築する目途もついたので、日の基に対し該設計案を提示したが、はじめから本件宿泊施設を建築する誠意を欠いていた日の基は、右設計案が原告らの一部の者に二間を与えることになっていたことを取上けて異論を唱えるなどして、建築を遷延し、次第に本件調停条項に従って原被告らのため本件宿泊施設を建築する意思を失い、昭和三九年四月三日当時に至り、もはや日の基に対し本件宿泊施設建築義務の履行を期待することがまったくできない状態となった(日の基が本件宿泊施設の構造等に異論を唱え、その建築を遷延したことは当事者間に争いがない。)。

右認定を左右するに足る証拠はない。

そして≪証拠省略≫によれば、本件調停において、本件宿泊施設の建築の設計、施行については原被告らに一任されたものの、建築請負契約そのものは日の基が原被告らの指定する請負人との間で締結することと定められたことが認められ、このように建築請負契約を締結すべき主体である日の基が本件宿泊施設の意思を喪失し、建築義務の履行をまったく期待できないというのであれば、該建築義務は履行不能となったものとせざるをえない。してみれば、渋田弁護士が本件調停により工事代金として預託された金二〇〇万円は昭和三九年四月三日当時違約金に変わったものとすべきであり(この点は当事者間に争いがない。)、爾後、渋田弁護士は、本件調停条項に包含される原被告らとの間の合意に基づき、右金二〇〇万円を原被告らに交付すべき違約金として保管する義務を負担するに至り、原被告らは右義務に対応する請求権を取得したものである。

三  (渋田弁護士の被告らに対する不当利得返還請求権について)

1  被告らが昭和三九年四月三日、弁護士渋田幹雄から違約金名下に金一〇〇万円の交付を受け、被告ら各自金二五万円ずつ受領したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、本件違約金の帰属につき判断することとする。

(一)  本件違約金は、その性質上、原被告らにおいて直ちに渋田弁護士に対し交付を請求しうべきものと解せられる。ところで、当該違約金交付請求権は一の金銭債権であり、その給付の性質に照らし、原被告らと渋田弁護士との間に別段の意思表示があったことを認めうる証拠がない以上、いわゆる可分債権であるとしなければならない。

もっとも、このような多数当事者の債権関係において、給付が性質上可分なものであっても、多数債権者の結合体の特質により債権の総有的帰属あるいは合有的帰属を認めるべき場合があることを否定できない。そして、債権の総有的帰属において、各員はその債権につき、分割的にも全体的にも直接権利を取得しないのであり、合有的帰属においては、各員の数に応じた金額に及ぶ債権が存在するが、その取立は全員が共同してのみ行うことができるものなのである。

(二)  ところで、債権の総有的帰属は、多数人が相当程度の結束力をもち、それ自体債権の主体として実在し得るとき(実在的総合人)、近代法上の個人主義の原則からいえば共同体の構成員に帰属すべき債権を、例外的に共同体そのものに帰属せしめ、構成員個人は権利の主体としての地位を失うという法律制度であると解すべきところ、本件全証拠によるも、原被告らの間に右の程度の共同体的結束が成立したことを認めることはできない。

(三)  又、債権の合有的帰属をいうためには、多数人間において、共同目的のために拘束された結合的存在が構成されているなどの事情またはそのような性格を帯びた契約関係が存することが必要であると解するのが相当であるところ、≪証拠省略≫を総合すると、日の基は、本件調停成立前、原被告らの宿泊施設に供していたいわゆる日の基牛込寮(以下「旧施設」という。)の入居者らに対し、旧施設を取りこわすので、その近辺に新たに作った施設(以下「移転先施設」という。)に移転することを促したが、原被告らを含む旧施設の入居者らが移転に反対して紛争を生じ、被告藤林と同君塚を除く原被告ら六名は、「日の基明るい暮しの会」なる団体を結成して団結し、本件調停を成立させるに至ったが、被告藤林と同君塚も、旧施設を立退き、日の基の建築すべき本件宿泊施設に入居する点では、他の者と同様であったのであり、右調停に利害関係人として、平等の立場で名を連ねたこと、しかし、日の基は前述のとおり右調停条項を履行せず、日の基の提供した建築資金二〇〇万円が違約金に変じた後は、あくまで本件宿泊施設建築の意思を変えない原告ら四名と、違約金の受領に傾いた被告北島、同寺地らとの間に志向の対立が生じたこと、更に被告藤林、同君塚に至っては、「日の基明るい暮しの会」にも属せず、日の基に対する闘争に積極的でなく、専ら他の六名にまかせている状況であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右の事実にすれば、被告らが渋田弁護士から金一〇〇万円を受領した昭和三九年四月三日当時は、原被告ら八名の間にもはや共同目的といえるだけの主観的な連帯はなく、足並みがそろわない状況であったことが明らかであるから、本件違約金交付請求権が原被告らに合有的に帰属していたと解することはできない。

(四)  よって本件違約金交付請求権は、可分債権であるとすべきところ、民法第四二七条により、反対の意思表示のないかぎり、原被告らは平等の割合をもって権利を有すると解するのが相当である。

原告らは、本件違約金は原被告らの総有もしくは、共有であり、分割につき全員の協議もしくは過半数の決定を必要とし、それは原被告ら間に存する原告ら主張の実情に基づく旨主張する。このうち本件違約金が原被告らの総有であるとの点は前述の如く証拠上まったく認め難いところであり、又渋田弁護士が工事代金として預っていた金二〇〇万円の金員が違約金に変わると同時に原被告らが分割された債権をそれぞれ取得するとみる以上、本件違約金について共有関係の成立する余地はないとすべきであるから、その限りで原告の主張は失当であるが原告らの主張の実情は、前示反対の意思表示の有無を検討する場合に斟酌すべき意義を有するので、そのようなものとして、以下に真否を明らかにする。

≪証拠省略≫を総合すると、明け渡すべき旧施設における原被告らの占有した部屋に広狭の差があり(各部屋の広さが原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがない。)、都から生活保護として援助を受けている者とそうでない者の差があり、又受けている者はその額にも差があるうえ(援助額に差があることも当事者間に争いがない。)、本件調停成立とそれ以前の訴訟に積極的に参加した者と、調停成立の段になって便宜的に参加した者との差があることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかし、原被告ら間に存する叙上のような微妙な事情の差異により真に違約金の配分額に差等を設けることを必要としたのであれば、本件調停の際、その点が協議され、調停条項の一として明示されてしかるべきであった。しかるに、≪証拠省略≫により明らかなようにこれを調停条項に取込まなかったことは当事者が右の差異を違約金の配分額に影響を及ぼす程重大な事項として考慮しなかったことを窺わせるものであるといいうる。従って、いまだ違約金の平等分割に反する原被告らの合意の存在を推認することができないことは明らかである。

3  以上によれば、違約金に変じた金二〇〇万円は、昭和三九年四月三日当時、原被告ら八名に平等に分割され、右八名は、それぞれ金二五万円の個別的具体的な違約金交付請求権を取得したと解され、被告らが右同日、弁護士渋田幹雄から金一〇〇万円交付を受けたのは、右請求権の行使として法律上の原因のないもではないことは明らかである。

四  結論

以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山厳 裁判官 井上孝一 慶田康男)

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